読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うぇぶまけ給水所|content="noindex"

日々の思考の給水所。人生論がお好きなマーケターさんはごひいきに。

未完成記事

アフィリで稼げなくなった理由 - 稼げなくなったアフィリエイターの戯れ言」という記事をみかけた。 

内容を要約すると

  • ピークは月40万あった
  • 2年ほど作業をせず月数万へ落ちた
  • 売りたくないものを売るのが嫌になった
  • 商品をつくることもできない
  • 言い訳なのは分かるがとにかく嫌になった

という内容だった。

Twitterの反応は

  • 明日は我が身
  • 稼げるうちに稼ごう
  • 変化に適応できなきゃ滅びるだけ

といったところ。「どれだけレベル低いの?」という感想は誰もいわなかった。「あんた稼げなくなって当たり前だよ。そもそも稼ぐ気ないじゃん。さっさと市場から消えてくれ、お疲れ」というつぶやきも見なかった。

 

 「やりたいこと、ないの?見栄をはるために生きてんの?そろそろ周りの目気にするのやめたら?」とは思ってもいえない。というかアドバイスでもなんでもない悪口を、エネルギーも全く感じない社会人経験もなさそうな顔も知らない人に向けてメンションすることは絶対にない。

人間には「エネルギー」「熱量」がある。両津さんみたいに「腐っても鯛、こいつにかけてみようか」と人間ベースで思われるようなエネルギーがあれば金銭援助したり、「これこれこうしてみたらどう?うまくいかなかったらぜひ一緒にやらないか」と声もかけたいところ。だけど、全く声をかけようと思わない。それは周りも一緒だろう。

稼いでいる知り合いのアフィリエイターで「アフィリエイトに行き詰ったら就職先に困る。誰か雇って(笑)」という人がいたが、その人が稼げなくなったり、個人として限界を感じてアフィリエイターとして雇われにくるのであれば、個人でやることに疲れたのならば、いつでも一緒に仲間として仕事がしたい。誘いたい。でもそういう人に限ってちゃんと稼げている。そういうもんだ。

この記事は1年近く前の記事だが、前に進んでいることを願う。そうすればアフィリエイトで初期にがんばったことも、モヤモヤも「このためにあったんだ」と思えるようになる。自分の人生だ。勝手に自分で決めればいい。

 

アフィリエイトはお金のために魂を売っている」

最も気になったのはこの一文だ。

「売りたい」と思える商品がなかなかない。売るためにはウソをつかないといけない。この事実が辛かった。

この考えに至るかどうかはアフィリエイターによって様々で、「稼げるならなんでもいい」と言い切るアフィリエイターもいれば「本当にいいものを勧めたい」という人もいる。

 

「他人の利益」と「自分の利益」はトレードオフなのだろうか?

・・いや、断じてそれはない。

ある、なしの問題は人によって解釈がわかれる。少なくともぼくは、全員が幸せになれる世の中に向けて世界が突き進んでいると信じている。教育水準の向上・医療技術の向上・ITによるコアバリューの明確化とリソースの最適配分化をみれば、それくらいなんとなく分かる。そもそも「人を不幸にすることでしか幸せになれない世界」なんて嫌じゃないか。ぼくはただ信じている。モノの見方は120%自由だ。

万が一、今もし「利益相反」が生まれる世の中であれば、それを変えようとすればいい。そのために自分に何ができるのか。アフィリエイトで稼いだお金で自分をさらに高める、資金として事業をはじめる、出会う人のレベルを上げる。10万円の鮨をホリエモンと食べる会に出席したアフィリエイターもいるときいた。太陽事業への投資もさらに収益を安定化させるための1つだろう。

なんでもいいけれど、必ず他の人の役に立つ、他のヤツが上に上がるくらいなら、俺が上がって世界を変えてやる。そういう気持ちで人を倒すんなら、全く問題はない。まだ若いからこう感じるのかもしれない。ただ40歳になったら「ほら見ろ。俺がいてよかったろ。あの時あんな経験してよかったろ」「それにしても経営って結構むずかしいな」「日々勉強だな」などと思っていると思うが、後悔しないと決めているから、後悔しない。そうやって人としてのレベルを高めていく。自己信頼に繋がる。これ話し出すと「普段から自分への信頼感を高める。ポイ捨てしない、店員さんには優しくする、ちょっとした気配りをする」みたいな話になるんだが、ここではもう抑えておく。

 

きっと、与えられたパイをどう奪い合うかしか頭にないんだろう。事業はパイの奪い合いだと思っているんだろう。でもそれは違う。そのパイが増やせることに気付かない。もっと美味しくできることに気付かない。ただしそのためには、パイが必要だ。

パイが増やせること、パイが美味しくできることに気付くために必要な思考。それは「思い込み」をはずし「抽象度」をあげることだ。

 

それから、物事には2面性がある。億単位の寄付をするビルゲイツが、それまでにどれだけの競合とその企業の家族を潰してきたか。AMAZONのジェフペゾスが、どれだけの小売店を潰してきたか。そして勝ち取ったリソースで、どれだけ世界を変えてきたか。

「起業はなぜするのか?」という話にも通ずるけれど、世界はあるべき方向へ向かっている。そこにはあらがえない「流れ」が存在していて、その流れを早めることしかぼくらにはできない、とぼくは運命的に考えている。

とにもかくにも、リソースも持たずに「理想の商品をつくるんだ」なんておこがましい話はなしにしよう。ノンケのアフィリエイターがつくれる「全ての人が幸せになれるモノ」なんて、ボランティアかセックスかドラッグくらいしかない。要はそんな商品、ありません。そしてそんな商品はあなたの手をわずらわせることなく、世界中の人に手に取ってもらえるのです。

たったペン1本でも、相手を楽しませることを知っているか?1億円を差し出しても受け取らない、余命1ヶ月の人間を知っているか?世には完璧など存在しない。モノが存在するだけで、モノへの解釈は無限にあるからだ。

数学の点は「完璧」だが、実際の点はミクロでみればガタガタで、数学上の定義もあったもんじゃない。完璧など、人の思考の中にしか存在しない。物理空間に生まれた時点でそれは既に未完成となる。

 

1つ、小話をしようと思う。

企業が抱える矛盾

とある製薬会社では、血圧を下げる薬を売っていた。製薬会社にとって、薬が「どれだけ効く薬か」と説明するためには「臨床実験によるエビデンス」が必要だ。データをとって、どれだけ効果があったのかを比較するわけだ。

実際、どの商品でも変わらない。だから「可愛い子・イケメンなら売れる」「接待をすれば使ってもらえる」「ドクターと土日にゴルフにいかなければ競合にシェアを奪われる」ということになる。近年になって接待禁止の法律ができたが、いまだにこうした世界は続いている。医者に体の関係を迫られるMRも大勢いる。

反面、信念を売り続ける人間もいる。ドクターもバカや私利強欲の塊ばかりではない。勉強熱心なMR・患者想いのMR・気遣いのできるMR・提案のできるMRを重用するドクターもたくさんいる。

ぼくは彼らが売っている薬が嫌いだった。薬なんてなくなればいいと思っていた。死ぬときに死ねばいいと思っていた。どうせ死ぬものを薬を処方して、何が「人の幸せに貢献する」だろう?人生を濃くすればいい、ただそれだけのことじゃないか。と思っていた。

最終的に、ぼくはその会社への入社を決意した。MRとしての仕事は思った通り、楽な仕事ではない。けれど「患者の声」にイチコロでやられた。瞬間的にでも喜んでくれる人がいるなら、そのためにがんばればいい。(ぶっちゃけ楽なんだけど。それなりにやって800万1000万/30歳の世界、仕事の手の抜き方をレクチャーされる残念な世界。ただ腐らずに向き合うには体力がいる世界)

さらに、業界を劇的に変えるソリューションもみつけた。IoT集積のビックデータでエビデンスを積み重ねていくことだった。年齢別に、嗜好別に、地域別に、薬のコンプライアンスによって「薬の効き目」を測定する。これが実現できれば、薬価が決めやすくなる。本当に価値のある薬が評価される世界が見えた。「常に臨床試験ができる状態になる」。これを製薬会社側の経験をベースに実現したかった。

その矢先だった。「臨床試験に不正発覚」というニュースが流れ、内定者の間で不安がいきかった。「実証が不正確な薬を、効くと偽って売っていた」わけである。外資の会社で売り上げを伸ばしていたから、内資企業に横っ腹をさされたんだ、という噂もあった。

ぼくはそれでいいと思っていた。何の問題もなかった。むしろやりがいがある、その会社は本物だと思っていたし、思いが揺るぐことはなかった。

判断基準は「人」である。

薬自体、効果が曖昧なものである。特に一類の医薬品(医者の処方が必要で要注意なやつ)は日本においてほぼ問題がないといっていい。どの企業も、強み弱みはありつつ似たような製品を売っていたりして、それはアフィリエイトでいえばあたかも「青汁」「金融」「キャッシング」「美容系」「育毛系」のようなものだ。

そもそもあんたの

この企業は、ウソのデータで儲けたお金で何をしていたか。もちろん社長の高い給料も払っただろう、平均年収800万くらいの給料も払っただろう。株主に配当を払ってもいる。でもそれ以外にも彼らのやったことがある。それは「日本に100人しかいない患者のために、14年と2億円をかけて薬をつくった」ということ。

「そんなものは企業のCSRの一環だ、偽善だ」という声もあるかもしれない。患者側が開いた感謝パーティーで彼ら彼女らが深々と頭を下げていたことをどう説明する?そこには確かに「本当に、本当にありがとうございました」と書かれた患者の直筆の手紙と、泣いて感謝する患者の家族がいた。

稼ぐことは悪ではない。使い方を知らないで稼ぐのは悪である。

ときにグレーな線も渡るだろう。マジメにばかりやっていては、いつまでやっても夢を見ているだけだ。「月にいきたくて、レンガを積み上げています」・・こういうのをマジメと呼ぶし、単なるバカともいう。

ともかく、企業には矛盾がある。それでいい。稼いだ金でさらに会社をでかくして、いいことに使う。行き場所に困っているお金を集めて、正しい使い方をするんだ。そうすればお金が喜ぶでしょう。あなたの生きた価値でしょう。

これは個人についてもいえる話だ。

 

個人が抱える矛盾

矛盾とはその存在自体がはらんでいるものだし、それを抱えて生きていくものなんだ。

 

アフィリエイトはフルコミッションの営業

アフィリエイト、というのは手法であって仕事ではない。この言葉の抽象度は高い。アフィリエイトを日本語にするなら「ネットを介して顧客にモノを売る」仕事だ。ネットの営業みたいなものだ。 

 

 

顧客に提供する価値は、疑問に対する答えと判断基準の提示(interesting)・娯楽性(funny)・顧客体験(experience)。

===余談===

顧客体験に関しては、ディズニーランドのマーケティングとは違う。なぜなら、顧客はディズニーランドがどんなものか既に知っているからだ。顧客体験は重要だが、体験したことのない相手に体験を感じさせる、つまりより抽象度の高い(難易度の高い)クロージングを行う必要がある。

経験したことのない相手に経験させるのは、難しい。「今度この焼肉屋行ってみれば?安くておいしいよ!」といって勧めるのは簡単だが「今度この

一度も浮気したことのない女性を落とすときには、言い訳を与える必要がある。生理的にフックをつくる必要もある。強引に連れ込む必要がある。それでも自分が納得「」

クライアントに提供する価値は、市場開拓と第3者視点からの商品訴求。

 

 

 

 

広告を非表示にする