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日々の思考の給水所。人生論がお好きなマーケターさんはごひいきに。

マネーの虎と、お笑い芸人永野。実績のない人間の戦い方。

皿洗いしろ。3年間、できれば5年間。

マネーの虎という番組が放映されていた。

出資志願者が経営者にプレゼンを行い、その結果で数百万~数千万の出資がその場で行われる。志願者もガチだが、出資者もガチ。

「君甘いよね」

「失礼だが、現在の年収は?ご家族は?」

「その値段だと出せないよね。きちんと下調べしたの?」

歯に衣着せぬ物言いのシリアスさに飲み込まれる、2001年から2004年までの人気番組だ。

 

とある志願者は無職だった。親のマンションに住み、現在はラーメン屋を転々としながらスタッフをしている。8年間で5店。

ラーメンへの熱意ならだれにも負けない、美味しいラーメンを出したい、日本一のラーメンと出したい・・という。

 

虎たちは無職の男に向かっていった。

 「なんでコロコロ仕事変えるの?」

 「熱意あるんだったら既に行動してると思うんだけど」

 「口だけでやらないよね、失望しました」

 「相手の気持ちに立てよ」

 「今までずっとそうやって逃げてきたのか。我慢してやれよ」

 

何も言い返さない志願者。

実績のなさ、行動力の不足。この2つは、マネーの虎で出資を志願する人間が、必ず直面する高い壁だ。

 

芸人永野の売れない理由

孤高のデンジャラス芸人、永野。さまぁーずにも気にかけられ、斉藤工などタレントの中にもファンが多い。

一度見ると中毒になるテンションの高さと満面の笑み。突き抜け具合も世界観も、触れる側の世界観を丸ごとひっくり返すようなポテンシャルだ。

 

そんな永野が、業界内で「天才」と呼ばれているにも関わらず「なぜ売れないか」について討論する番組をみた。(気になる人はYOUTUBEで検索してみて欲しい)

 

バナナマンがVTRでいったのは「売れようとしてやっていないんじゃないか(笑)」という指摘。「まぁ本人が好きでやってるならいいんじゃない」というコンテクストだった。

 

反省会前半では

竹山「髪型にポリシーあんの?」
永野「のっちを意識してるんで・・」

アシスタント「Twitterのフォロワー多いのにフォロー0なのなんでですか?」
永野「ベッキーを意識してるんで・・」

などと、キレッキレの回答をする永野。

 

ここまでは自分のペースを掴んでいた永野だったが、反省会後半戦で「やっぱり後輩しかいない環境でイエスマンしかいない環境がいけないのかな」という永野に対して、竹山のガチアドバイスがはじまる。

(ここからはぜひ見てほしい。孤高の芸人 永野はなぜ売れないのか - YouTubeの8:28~から竹山のガチ説教)

 

エッセンスを抽出すると

  • 現在の環境に対して改善するべき
  • 改善の必要性に、頭いいやつなら2-3年で気付く
  • 何も対処してないからだめなんだよ
  • 結局、現状に慣れちゃってるんでしょ?

竹山の核心をつくガチなアドバイスに「返す言葉もない・・(笑)」とショックを受ける永野。ちょっとまだウケを狙っているようなので、竹山はさらに畳み掛ける。

  • 一番わかりやすくいうと、頭が悪いんだよ(笑)
  • なぜか?「笑いの領域」「人間の領域」を分けられてない
  • 永野はネタをつくる能力はものすごいある。シュールで面白い。「笑いの部分」に関しては天才だわ
  • しかし「笑い」の外側には「人間」があるわな(包括されている)
  • この2つをごっちゃにしちゃいけない
  • 芸人としてネタへのガンコさは必要だ。だが人間のガンコさとは違うわけ。
  • 頭のいいやつはこれを分かってる。若手は分かっていない。永野も分かっていない。そういう意味でバカ。
  • だからお前はいつまでたってもライブしか出てない普通の芸人と同じなんだよ。結論は以上。

永野「・・以上・・(泣きそう)」

永野「図星ですけど・・悔しい・・嫌いだ竹山さん(ちょっと面白くしようとしてる)」

竹山「そう想うのは、そもそもお前の苦手分野だって自分で分かってんだろ。それで、真正面から戦ってないってわかってんだよお前のココが(永野の胸を叩く)

 

やりとり、ここまで。竹山の愛も感じたし、竹山がいかに永野のネタを評価して期待しているのかが理解できるやりとりだ。

「やってねぇだろ」「向き合ってねぇだろ」という言葉が永野にのしかかる。本当に悔しそうだったし、これを書いている私自身も同じ気持ちだった。

 

悔しい、けれど確かに逃げている。

 

やって当然。

誰でも最初は0から、という。

「誰でも最初は0から、だからお前もやってみろ」という。

この言葉を誤解してはいけない。

 

 誰でも最初は0からだ、しかし行動力の点で圧倒的な違いがある。

あるいは誰でも最初は0からだ、しかし積み上げなければ景色は見えない。

「今のお前のままで稼げる」と受け取った瞬間に死ぬ。

 

誰でも最初は0だ。

ASPの承認率や成約しやすい案件も分からない。CVのノウハウもないから改善できない。生きた検索キーワードも分からない。

稼げる実感がないから続かない。まるでジグソーパズルの最初の1ピースを探すような、地道な道のりだ。

 

だからこそ行動しなきゃいけない。

ノウハウコレクターは「稼げそうだ」というイメージを自分のステージでつくりあげ「稼げるはずだ」と思って作業する。自分の中に限界があり、また既に稼げた気になってしまっている。だからこそ目の前の地道な作業に耐えられない。

富士山の山頂からの景色をみせられて、近道のルートや登山グッズを教えてもらって、既に登った気になっている。

 

行動は結果じゃない。行動を起こすことはいつでもスタートラインだ。「行動を起こした結果うまくいかなかった」がスタートラインだ。

行動を起こし、悩み、考え抜き、あと一歩届かない姿を見ているからこそ、人は手を差し伸べようと思う。今ネットビジネス塾にいる中核メンバーには「無駄な投資をしまくって、高額塾に騙されて、その体験を買ってもらっている」人間がとても多い。

もしかすると「高額塾に手を出さなくてよかった」と安心している人より成長スピードが速いかもしれない。もちろん極端な例だ。

 

とはいえ行動には価値がある。

 

富士山に登るプロがいるとする。彼は

  • 富士山に登ろうと情報収集をしまくっている人間
  • 無謀にも富士山に挑戦して途中でぶっ倒れている人間

どっちを救いたいと思うだろうか?

 

まとめ。

結果の出ていない人間にとって、行動量の多さこそが価値である。

人に貢献したいとか、アドバイスしたいとか、もてはやされたいとか。そういうのは実績を出してからにしろ。何をいうか突き詰めるよりも誰が言うかである。何をいうかは自己満足だが、誰がいうかは他者貢献。